2025.07.17 2025.12.27 歴史 下国安芸ってどんな人?【開拓神社の御祭神】 okamehan 記事内に商品プロモーションを含む場合があります 下国安芸について 徳広が隠居しようとしているのを思いとどまらせたり 居城の防御力をあげろと言われたので修築の指揮をとったり 旧幕府軍が攻めてきた時は藩主を守って逃げたり 松前藩の家老の家に生まれ、徳広を支えた人 温厚で和歌が上手な人だったそうな。 藩主は徳広じゃない人が良い、と活動した蠣崎勘解由(かきざきかげゆ)に反発する人は下国についていたんだとか。 蠣崎勘解由 松前藩の家老の1人で、17代目の息子を代わりにしようと動きました。 しかし、徳広を藩主にしたい派や勘解由が嫌い派の人達が作った正議隊に阻まれて失敗に終わります。 あわせて読みたい幕末・明治・江戸時代以前に北海道と関係があった人物・出来事を簡単まとめ【開拓神社御祭神37柱総一覧】 コメントをキャンセルメールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です Δ 管理人について 古川おかめ十勝で子育て中の2児の母。 北海道や十勝の歴史、ご飯や雑学を調べてまとめるのが趣味。 北海道に移住してきた人や、子どもと一緒に地域を知りたい人のきっかけになれたら嬉しいです。 詳しいプロフィールは→コチラをどうぞ