明治・大正

北海道でお米はいつから作られた?美味しい北海道米になるまでの歴史を簡単まとめ

先人カード巡りで中山久蔵という北海道米の父とも言える人物を知る事ができました。

おかめ
おかめ
北海道米って昔は美味しくなかったって聞いたような?
たろう
たろう
いつから美味しくなったんだろうね?

気になって調べてみると、とっても楽しかったので簡単にまとめてみました。

北海道米の歴史が気になっている

北海道ってそもそもお米できなかったの?

アイヌ民族はお米を食べなかったの?

いつから北海道でお米が作られるようになったの?

と思っている方の参考になれば幸いです。

※北海道についての名称は時代問わず、北海道で統一して表記しています。

北海道と米作り

北海道に弥生時代は無かった?

北海道でお米はいつから作られた?美味しい北海道米になるまでの歴史を簡単まとめ
日本に米作り(稲作)が伝わってきたのは紀元前1000年頃

中国から伝わってきた稲作は、狩猟や採集で食料を得ていた日本人の生活を変えました。

水稲栽培ができる事で、自分達で食料を作れるようになったのです。

おかめ
おかめ
弥生時代の始まりだね
たろう
たろう
あれ?でも北海道に弥生時代ってあったっけ?

その昔、米作りができる北限は津軽と呼ばれていた青森県まででした。当時の北海道(蝦夷)では寒すぎて稲が育たなかったのです。

北海道で安定的に米作りができるようになったのは、明治時代からです。

暖かい地域でないと稲は育たなかった

水稲栽培で食料が得られない北海道では、本州とは異なった歴史を歩みます。

7~13世紀頃の北海道

本州では古墳時代~平安時代の頃

北海道では擦文文化・オホーツク文化の中にありました。

しかし、発掘された当時の土器には、お米の名残があります。

食用か儀式ようなのか、定かではありません。

当時の北海道ではまだ米作りの跡はない

外から米は持ち込まれていた、という事だけが分かっています。

近世アイヌ文化とお米

北海道でお米はいつから作られた?美味しい北海道米になるまでの歴史を簡単まとめ
本州では鎌倉時代~江戸時代の頃

北海道で生活をしていたアイヌ民族はほとんど米作りをしていなかったと考えられています。

たろう
たろう
ご飯はどうしてたの?
おかめ
おかめ
狩りや植物を採る事が基本だったみたいだよ

当時のアイヌ民族には主食の概念は無かったと言われています。

食文化的にお米がどうしても必要!という訳ではなかったんですね。

しかし近世以降、和人との交易によって米(シアマム)を手に入れ、食べていました。

食べ物として、儀式に必要なものとして、上等な酒の原料として、アイヌ民族にも米は貴重な存在になっていきました。

アイヌ民族が獲った鮭と、米との交換の割合が和人側に都合良いものだった
おかめ
おかめ
不平等な物々交換だよね…

この和人に有利な品物の取引の仕方を、メノコ勘定とも言います。

ちなみに、アイヌ民族は完全に農耕をしなかったワケではありません。

狩猟をする傍ら、雑穀を植えて育てていたんだとか。

なお、鎌倉時代頃から道南地方の一部を、松前氏(当時は柿崎氏)が治めていました。

松前藩による労働力の確保などを目的として、農耕の制限があったのでは?という説も

とはいえ、当時の北海道では、適した米の品種がそもそも登場していません。

和人地や陣屋がおかれたところで、稲作の取り組みがされていた記録はあります。

しかし、連続して安定した収穫はされていなかったようです。



17~19世紀頃

本州では江戸時代末の頃

1600年代後半には道南を中心に、安定した水稲栽培が北海道でも行われるようになっていました。

道南より北で試した人々もいましたが、上手くいかなかったようです。

北海道で本格的にお米作りが広がるのは、もう少し先、明治時代です。

開拓使と北海道とお米

北海道でお米はいつから作られた?美味しい北海道米になるまでの歴史を簡単まとめ

明治維新で日本にできた新しい政府は、蝦夷を北海道を名づけ、開拓を進めます。

たろう
たろう
開拓使が北海道米を作っていったの?
おかめ
おかめ
ちょっと違うかな

米作りが否定された?開拓使

1871年(明4)黒田清隆はアメリカの農務局長・ホーレス・ケプロンを開拓使の顧問に招きました。

ケプロンがした事を簡単にまとめると以下の様な感じです。

開拓使が雇った他の外国人技術者の指揮・統括。

北海道の開発計画や調査事業など、様々な産業の振興事業に関する意見や指針を出した。

お米を栽培するのにお金がかかり、栄養価も低い。それより小麦や果実・野菜を育てた方が良いと勧めた。

一緒に来ていたトーマス・アンチセルもお米作りには使う水の温度が低いから適していない、難しいと考えた
おかめ
おかめ
北海道で米作んないで欧米化したら良いんじゃない?
たろう
たろう
という意見を出した、という事だね
米を食べられない生活
  • クラーク博士が教頭先生を勤めた北海道大学では、カレーライスの日以外は米を食べられなかった
  • 稲作を試みた農民や屯田兵が罪に問われ、投獄された

という話もあります。

※しかし、完全に米作りを否定していたワケではなく、後には開拓使も稲作に挑戦していました。

北海道と欧米化

開拓使はお雇い外国人のアドバイスを聴き、アメリカ農法で農作物を造ろうとしました。

農具や家畜、住宅様式、食生活も欧米化をすすめようとした
たろう
たろう
だから開拓の村の建物とか欧米な感じするんだね
おかめ
おかめ
けど、そう簡単に欧米化は広まらなかったみたいよ

札幌の市街地には西洋料理店も開業しました。

しかし、庶民の生活はあまり変わらなかったそうです。

北海道でも米が食べたい!

北海道でお米はいつから作られた?美味しい北海道米になるまでの歴史を簡単まとめ
北海道に移住した開拓者たちの米愛が爆発

明治時代に北海道に移住したのは、屯田兵だけではありません。民間人もたくさん移住して、北海道を開拓していました。

そんな人々を悩ませたのは、米が無い、という事です。

日本人の生活に必要な“米”

稲わら、米ぬかなど、食べる部分以外にもお米は日本人の生活にとても必要な存在

日本人にとって、米は食べるだけの存在では無かったのです。

わらじ・ぞうりなどの履物、収納具やうわぎ、梱包材・運搬具などなど。

生活の必需品は、稲わらを使って作るものばかりでした。

北海道に入植した時、わら細工の技術を持った人もいました。

しかし、材料になる稲のわらは北海道にはありません。

  • 古俵をほぐしたり、トウキビの皮やガマなどをわらの代用にしたり。
  • 北陸や東北の米どころから買い入れたり。

特に、当時の北海道で盛んだった漁業では、網や梱包資材などにわらがとても必要でした。

そんな生活を続けていると、移住者の心の中ではこんな気持ちが芽生えていきます。

おかめ
おかめ
めっちゃ不自由!っていうか、お米食べたい!
たろう
たろう
昔からの生活はすぐには変えられないよね

北海道という本州とは異なった気候・環境の場所でもなんとかして米を作ろうと頑張りました。

その中の1人が、現在の北広島に入植していた中山久蔵です。

どうしても北海道で米を作りたい。

そんな熱意を持った人々のお陰で、北海道の各地でもお米がとれるようになっていきました。

しかし、まだまだ美味しいお米になるまでは時間が掛かります。



現在の北海道米になるまで

北海道でお米はいつから作られた?美味しい北海道米になるまでの歴史を簡単まとめ

まずいと言われ続けた北海道米

頑張って米作りを広めた明治時代から昭和の時代まで、北海道の米はまずいと言われ続けていました。

たろう
たろう
なんで?
おかめ
おかめ
本州の米と比べちゃうとねえ、やっぱり…

寒さに強い種が作られる北海道米は、美味しさの面ではまだ本州のお米に敵わなかったのです。

当時の北海道で作られていたお米は、アミロースというデンプンが多く含まれていました。

アミロースが多いとパサパサして固く、食べると美味しくないお米になる

北海道民には安く手にはいるのは道産米だけど、高くても美味しい本州米を食べたいという状況だったそうです。

ちなみに、生産量自体では1961年に初めて新潟を抜いて、北海道が1位になっています。

爆誕!きらら397

  • そもそもお米作りに適さなかった北海道で、ようやくとれるなっただけでも御の字
  • 北海道のお米はまずくても仕方ない

と思って諦めなかったのが、米の品種改良を頑張っていた人々です。

おかめ
おかめ
美味しいお米が食べたい!

本州を見返してやりたい!という気持ちもあったのかも知れません。

北海道はその努力の末、1988年、きらら397という品種を作り出しました。

名前の意味

きらきらした雪やつやつやしたお米を連想させる、きらら

育成系統番号の、397

このきらら397は、北海道米なのに美味しいお米として、当時はとても衝撃的だったそうです。

安い上、丼物にしてもお米がふやけない事から、牛丼チェーンで使われる程でした。

北海道米は美味しい!と言われる時代

北海道でお米はいつから作られた?美味しい北海道米になるまでの歴史を簡単まとめ

きらら397の誕生以降も、寒さに強い品種と美味しい品種の掛け合わせから、様々なお米の品種が産まれていきました。

そしてついに1990年代~2000年代には、今でも美味しいと評価されるお米が産まれるようになります。

  • 2001年に産まれたななつぼし
  • 2008年に産まれたゆめぴりか

は、2011年、日本穀物検定協会の食味ランキングで一番の特Aに輝きました。

現在、北海道ではこの特A級のお米にななつぼし・ゆめぴりか・ふっくりんこが選ばれています。

米の食味ランキングは、炊飯した白飯を試食して評価する食味官能試験に基づき、昭和46年産米から毎年全国規模の産地品種について実施しています。
食味試験のランクは、複数産地のコシヒカリのブレンド米を基準米とし、これと試験対象産地品種を比較しておおむね同等のものを「A’」、基準米よりも特に良好なものを「特A」、良好なものを「A」、やや劣るものを「B」、劣るものを「B’」として評価を行い、この結果を毎年食味ランキングとして取りまとめ、発表しています。
出典元・一般財団法人 日本穀物検定協会

このお米たち、中山久蔵がお父さんと言っても過言ではないのです。

おかめ
おかめ
美味しいお米が食べたい!
たろう
たろう
その気持ちで今の北海道米が出来たんだねえ

最後に

北海道とお米の歴史について簡単にまとめてみました。

生活の不自由さ、美味しいお米が食べたいという気持ちから、今の北海道米が作られたという事なんですね。

調べてみると奥深い、北海道とお米の歴史。北海道の歴史勉強のきっかけとして、オススメですよ。

以上、歴史の勉強が趣味な北海道民・おかめ(@okame_0515)でした。

なお、北海道の食材が気になってきた!という方にオススメなのはコチラ↓の本です。

海鮮物や植物系、お肉などなど、様々な食材についてとっても読みやすく解説されています。

なまら旨い!!北海道の食材
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